人間を肯定する場としての介護【菅原直樹さん(俳優、介護福祉士、「老いと演劇」OiBokkeShi主宰)インタビュー】 | Yama Yama Art Center

人間を肯定する場としての介護

イシワタ(聞き手)
最近知人から「なぜ高齢者に向き合うのか?」と聞かれて。「それよりもっと子どもや若者の生きづらさに向き合ってほしい」って言われたんです。そのときうまく答えられなかったんですけど、今回菅原さんのワークショップで認知症の人の世界を肯定/否定するコミュニケーションを実践してみてハッとしました。タイトルこそ「演劇×介護」なのですが、子育てに悩んでいる人、学校や職場でいじめや人間関係に悩んでいる人・・・あらゆる人にピンとくる部分があると思う。つまり、高齢者介護という分野は「高齢者に」ではなく「人間に」向き合う分野で・・・若い人たちに還元される部分が多々あると思いました。

菅原
三好春樹さん・芹沢俊介さんの『老人介護とエロス―子育てとケアを通底するもの』という本があって、こんなことが書いてあります。子どもはただ「ある」っていう存在からいろいろ教育を受けて「する」っていう存在になっていき、社会に出ると「何ができるか」「何をしたか」によって価値が決められてしまう。年老いて認知症になると再び「する」から「ある」存在になっていく。介護の現場がもし「ある」を認められれば、「する」を強要されて生きづらくなってしまった若者たちが「自分らしくこのままでいていいんだ」と感じられる場になるかもしれない、と。子育てについていえば、子どもは「ある」っていうことを無条件に肯定してくれる存在がいてこそ「する」っていう大きな一歩を踏み出せるのであって、肯定することなしに「あれしなさいこれしなさい」では疲弊してしまう。介護にも子育にも共通するテーマですよね。

イシワタ
本当にそのとおり・・・。しかし、子育ての日常では余裕がなくてつい我が子に対してイライラしてしまっては反省する・・・。

菅原
高齢者介護の現場もとにかく人手不足ですから、忙しくてギリギリの状態だと、考える余裕がないというのはあります。

イシワタ
菅原さんが介護現場に演劇の視点を持ち込むときはどんなことに留意されていますか?

菅原
施設長や経営者が興味を持ってくれても現場は違うというケースはよくあります。現場の人たちも納得できる言葉、納得できるプログラムを持つのが大切だと思ってます。アートに拒否反応を示す人は結構多いですから。愛好家ではなくふつうの生活者に伝えないといけない。それが自分たちの生活や仕事とどう結びつくのかを伝える工夫を考えています。


(菅原さんのワークショップ風景。左はOiBokkeShiの看板俳優、おかじい。/撮影:hi foo farm)

イシワタ
菅原さんは演劇(やアート)と介護の両方に専門性を持っているので、両方に響く言葉を持っているよなあって、改めて。

菅原
「その人にとっては大切だけど周りの人からすると別に大切じゃないこと」ってたくさんあるじゃないですか。煙草を吸うことや好きなものを食べることかもしれないし、演劇や音楽かもしれないけれど、つまり日々の生活に彩りを与えてくれる「楽しみ」。介護される立場になるとそういう部分がどんどん奪われていってしまいます。そういうときにそれを引き出すのは芸術文化的な視点なのではないかと。老いるっていうのはいろいろなことができなくなってくることです。効率的に動けなくなるし、合理的に考えるのが難しくなってくる。自分自身の中に不条理が出てくるわけです。「不条理と向き合う」っていうのはアートの大きな特徴。年老いて、訳の分からないものに向き合わされている人たちに対して、アートができることが結構あるのかもしれないっていうことです。

イシワタ
なるほど~。

菅原
オックスフォード大学の「雇用の未来」という論文の中で、10-20年後にAI(人工知能)化されずに残る職業ランキングに「レクリエーショナル・セラピスト」というものが挙げられているそうなんですよ。日本ではまだあまり一般的ではありませんが、要は医療や介護の現場にアートやスポーツ、ゲーム、動物との触れ合いなどといった活動を取りいれて利用者の自信や生きがいを取り戻す仕事。質の高い「レクリエーション」を実践するわけです。どんなに現場にAIが入ってきたとしても、そういうのは人間じゃないとできない。

イシワタ
介護現場に限らず社会の多くの仕事が10-20年後にはAIに取って代わられるとして、もし今のまま効率や技術を重視するかぎりにおいては、AIに勝てる人間なんていないですよね。

菅原
介護者目線になっていると、どんどん無意識に大切なものをそぎ落としてしまう。今は寝たきりで入れるお風呂とかもありますけど、お風呂に入るっていうのは、ひとりでのんびりする楽しみや文化なんかを含めてのお風呂なわけじゃないですか。そういうところを汲み取ったうえでAIが導入されていくのかどうか・・・っていうところは気になりますね。効率ばかり考えると・・・難しいですよね、工場じゃないですからね。人なんで。

イシワタ
確かにそうですね。

菅原
だってもしかしたら10年後、AI化して一番未来感のある場所が老人ホームだったりするかもしれないわけですよ。家では昔ながらの黒電話とかが置いてあったりするような人たちが一番先に、突然100年後くらいの世界にいっちゃう。なぜなら「そっちのほうが効率がいいから」。

イシワタ
業界全体の人手不足という話があって、要因として仕事のきつさや賃金の低さにスポットが当たります。賃金はもちろん大事ですが、冒頭でおっしゃっていた「ある」を認める世界、働く人自身が「このままでいていい」「やりたいことをやりながら生きていい」と感じられる世界なら、アートや演劇をやる人たちがもっと働きたくなるのではないかと思ってて・・・。私は今、アート目線の福祉施設を作れないかと構想しているのですが、もしかして全国的にそうしたさまざまな動きが生まれていくのではという希望を持っています。

菅原
その希望はありますね。僕は、新たな文化施設のあり方みたいなものを実践できたらなと思っています。デイサービスが美術館や劇場に、つまりアート活動ができる場所になってもいいわけですよね。

イシワタ
いいですよね!いろいろな立場の人からぽつぽつと、これまでの発想を転換するような声が聞こえてきている気がして。

菅原
そこで重要なのは、アートや演劇をやる人たちが「現場を知る」っていうこと。なぜ介護職員がこんなに忙しなく働かなければならない状況なのか、認知症の人は何が得意で何が不得意なのか。現場で働く人の意見って大切で、「外からこの日に芝居をしにきます」では、よそ者感が出て拒否反応が出てしまうんですよ。アートを含めさまざまな目線の人が、それぞれの理想と現実をすり合わせつつ、あくまでも現場で協働することが重要です。

イシワタ
良い世の中になって、良い仕事が増えたらいいなと、ワクワクしてきました。ありがとうございました!

演劇×介護ワークショップ~認知症の人と“いまここ”を共に楽しむ介護~
宮津会場・福知山会場の合間にランチを食べながら。
2019年1月23日

菅原直樹

俳優、介護福祉士、「老いと演劇」OiBokkeShi主宰

劇団での俳優活動と特別養護老人ホームでの仕事を平行してきた経験から、介護と演劇の相性の良さを実感。2014年より認知症ケアに演劇手法を活かした「老いと演劇のワークショップ」を全国各地で展開している。OiBokkeShiの活動を密着取材したドキュメンタリー番組「よみちにひはくれない~若き“俳優介護士”の挑戦~」(OHK)が第24回FNSドキュメンタリー大賞で優秀賞を受賞。

イシワタマリ(聞き手)

山山アートセンター代表、美術家。1983年横浜市生まれ、福知山市在住。慶應義塾大学で「スピリチュアリティにまつわる社会学」を学んだのち、2007年から2009年にかけて、スペイン北部バスクやベルリンで絵画やパフォーマンスなどの創作活動を行う。2015年以降、京都府北部~広く山陰地域=「このあたり」を舞台に、さまざまな人が力を持ち寄ってとにかく生きようとするプロジェクト「山山アートセンター」構想を展開。2018年より高齢・障害・児童の複合福祉施設Ma・ RooTs(みねやま福祉会/宮津市)広報兼アートコーディネーター。
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